イチローと土井正三監督の確執とは?あの説はウソだった?

イチローとオリックス時代の監督、
土井正三監督の間に確執があった。

という話があるのは
野球ファンであるあなたも
ご存知のことかと思います。

しかしそれは
真実なのでしょうか?
そもそも確執は
あったのでしょうか?

多くの疑問が残ります。

そこで今回は
イチローと土井正三監督の確執とは?
あの説はウソだった?
と題して

イチローと土井正三監督の
確執について調査をし
まとめてみました。

参考にしてみてください。

 

 

イチローと土井正三監督の確執とは?

イチローの代名詞とも呼べる
「振り子打法」。

振り子打法はイチローと
当時オリックスで
コーチをしていた河村健一郎コーチが
独自に開発した打法です。

文字通り振り子のように
前足を揺らして打つという
独特の打法。

当時オリックスの監督だった
土井正三監督は振り子打法を否定。

さらにイチローを2軍に降格させた。

まるでイチローを真っ向から
否定するかのような行為で、
マスコミや多くの野球ファンからは

「イチローを飼い殺そうとした男」

とまで言われています。

以上がイチローと土井正三監督の
確執と言われていますが、
本当にイチローを
否定したのでしょうか?

振り子打法否定はウソだった?

当時のオリックス監督である
土井正三監督は振り子打法を
否定した。

という説は有名ですが、
果たしてそれは
真実なのでしょうか。

深掘りしていたところ
とある記事を発見しました。

土井正三監督が
すい臓がんで倒れ療養中、
本人にインタビューをした
記事です。

「監督就任2年目に入団してきたイチローは、チームの将来を背負う逸材に違いなかった。当初は二軍で鍛えるつもりだったが、ファームで3割8分をマークしていることもあり、オールスター前に昇格させた」

9月頃、このままでは新人王の資格がなくなるというので本人にも打診したが、「一軍にいたい」と訴えられ、そのままにしたという。

だが2年目には、予想通り成績が2割以下に低迷。一軍に置き続けても平凡な選手になってしまうことを苦慮した結果、走塁ミスを理由に二軍落ちを宣告した。

「もうミスはしないから置いてください! と泣き叫んだが、降格を決めた。鬼みたいですが、鍛え直すのが目的でした」

出典:NEWSポストセブン

このように
土井正三監督本人は
振り子打法否定はウソだと
強く否定しています。

土井正三監督に
実際にインタビューした記事は
これしかありませんでした。

しかし
本人が言っていたとあれば
これが真実でしょう。

土井正三監督の
振り子打法否定はウソです。

 

 

そもそも確執はなかった?

そもそも
イチローと土井正三監督の間に
確執はあったのでしょうか?

再び調査したところ
とある記事を発見しました。

土井氏がオリックスの監督を務めていた93年まで、「鈴木一朗」には試合経験を積ませようと、主に2軍でプレーさせた。同年末に仰木彬氏が新監督となり、94年には登録名「イチロー」で日本プロ野球記録の210安打を放った。その後は15年以上、日米で大活躍。その経緯もあり、巨人のV9に大きく貢献した名内野手だった土井氏に、「イチローという才能を見いだせなかった」とのイメージが付きまとうことになった。しかし、当事者の大リーガーはこの見方を否定した。

「そうじゃないのにねえ…」

淡々と、そして残念そうに話し、改めて感謝の気持ちを短い言葉で示した。

出典:スポーツ報知

イチローと土井正三監督の間に
確執はなかった。

当事者である
イチロー本人が発言しています。

これは真実と言っても
過言ではないでしょうか。

最後に

以上、
イチローと土井正三監督の
確執についての調査結果でした。

今回調査していて思ったことは、
マスコミや一部の野球ファンの
過激な発言が印象的でした。

しかし反対に土井正三監督への
インタビュー記事などが
全くと言っていいほど無いことも
疑問が残りました。

野球界の大事件と呼ばれている
イチローと土井正三監督の確執が
実際どうだったのか、
もっと明確に報道されてほしいです。

それでは最後までお読みいただき
ありがとうございました。

 

 

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